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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)7694号 判決

原告

笠原輝幸

右訴訟代理人弁護士

大川一夫

松本健男

丹羽雅雄

養父知美

被告

東栄精機株式会社

右代表者代表取締役

東口徳市

右訴訟代理人弁護士

片山俊一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が、被告に対し、労働契約上の地位を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、平成五年九月二七日支払分以降毎月二七日限り四三万一四九二円及び右各金員に対する毎月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告(以下「被告会社」ともいう。)は、肩書地に本社を置き、運搬機、ディーゼルエンジン、工作機械部品の製作、一般機械の修理販売等を業とする株式会社であり、東洋運搬機株式会社(以下「TCM」という。)からの発注が業務の約九五パーセントを占める同社の下請け会社である。

2  原告は、被告会社との間で、昭和四四年四月一日、労働契約を締結し、施盤加工のほか、NC施盤のタッピング番(ママ)(ネジ切り)、ボール盤(穴あけ)の業務に従事してきた。

3  しかるに、被告会社は、平成五年九月一〇日以降、原告の労働契約上の地位を否認している。

4(一)  被告会社における賃金の支払方法は、毎月二〇日締めの当月二七日払いである。

(二)  原告が、平成五年九月九日以前の一年間に受け取るべき賃金は、五一七万七九〇三円であったから、原告が、被告に対して有する毎月の賃金債権の金額は、その平均である四三万一四九二円である。

5  よって原告は、被告会社に対し、労働契約上の地位の確認を求めるとともに、右労働契約に基づく賃金として、平成五年九月二七日支払分以降毎月二七日限り四三万一四九二円及び右各金員の支払日の翌日である毎月二八日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3は認める。

2  同4(一)は認め、同4(二)は争う。

三  抗弁(解雇)

1  原告によるヴァンデータの抜取り(解雇事由の1)

(一) TCMからの被告に対する発注、検収、未納品等の指示は、昭和六三年一月ころから、TCMのホストコンピュータから、被告会社の業務用コンピュータに対して、電話回線を利用して送信する方法(TCM資材VAN発注システム)で行われていた(以下、右システムを「ヴァンシステム」という。)。

そして、右ヴァンシステムにより送信されたデータ(以下「ヴァンデータ」という。)については、被告会社とTCMとの間の「資材売買取引基本契約」により、被告会社に厳重な秘密保持義務が課せられていた。

(二) 被告会社のコンピューター室には、業務用コンピューター三台の他、NC施盤の稼働に必要なコンピューター(オークマキャンパス五〇〇〇一B機。以下「オークマ」という。)が設置されていた。

なお、NC施盤を作動させるためには、作業員が、製造する部品に応じて加工手順書を作成し、これをオークマに打ち込んで、右加工手順書記載の、部品加工のためのプログラム(以下、右加工手順書に記載された情報を「加工用プログラム」という。)に従って穴が開けられた専用の紙テープ(以下「加工用テープ」という。)を作成したうえで、これをNC施盤の数値制御装置に読み込ませる、という手順を踏む。NC施盤は、こうして読み込まされた右加工用プログラムに従って、自動的に部品を製造するのである。

(三) 被告会社は、原告に対し、右コンピューター室内の各コンピューターのうち、オークマについては、原告が担当するNC施盤(二号機及び三号機)に使用する加工用テープ作成のために関与することを認めていたが、業務用コンピューター三台については、原告の職務に関係しないものであるとして、これに関与することは禁止していた。

(四) しかし、原告は、平成四年九月から同年一一月下旬にかけて、被告会社の業務用コンピューターに内蔵されていたヴァンデータのうち、同年八月三一日ころから同年一〇月二二日ころまでのものを、数回にわたり、原告のフロッピーディスクに無断で複写し、平成五年四月三〇日、これを自分なりに整理したものフ(ママ)ロッピーディスクに入力のうえ(以下、右フロッピーディスクを「本件フロッピー」という。)、これを被告会社に送付した。

(五) 原告の右行為は、被告会社就業規則二八条(従業員は出社及び退社の場合において日常携帯品以外の品物の持込み又は持出そうとするときは所属長の許可を受けなければならない)、三七条二号(自己の職務上の権限を超えて専断的なことを行わない事)、四号(会社の業務上の機密及び会社の不利益となる事項を他に洩らさないこと)、五号(会社の車両、機械、器具、その他の備品を大切にし原材料、燃料その他の消耗品の節約に努め、製品及び書類は丁寧に取り扱い、その保管を厳密にすること)、六号(許可なく職務以外の目的で会社の設備、車両、機械、器具その他の物品を使用しないこと)、四三条七号(許可なく会社の物品を持ち出し又は持ち出そうとしたとき)、九号(会社の秘密を洩らそうとしたとき)に該当する。

2  加工用テープの破棄等(解雇事由の2)

(一) 原告は、被告会社に対し、平成五年七月一四日、同月二三日に休暇を取る旨申し出た。

(二) このため、被告会社の東口義貞次長(以下「東口次長」という。)は、佐渡強次長(以下「佐渡」という。)を通じ、従前の作業手順のとおり、笘本英男従業員(以下、「笘本」という。)に対し、平成五年七月二二日、笘本が原告から引継ぎを受けて、翌日の作業をするように指示した。

(三) しかし、原告は、平成五年七月二三日に笘本が原告の業務を引き継ぐべきことを知っていたにもかかわらず、これをなさないで、かえって、次の妨害行為をした(以下「本件妨害行為」という。)。

(1) 原告は、原告の担当するNC施盤二台(二号機及び三号機)の数値制御装置に読み込まれていた、当日製造予定の部品(二号機については一四Aロットエンド、三号機については二四Tシリンダテイル)加工用プログラムを消去した。

(2) 原告は、右二号機及び三号機に部品加工用プログラムを読み込ませるための、加工用テープ一四本を無断で社外に持ち出し、うち一三本を無断で破棄した。

(3) 原告は、オークマの上の棚に保管されている、加工用プログラムを保存しておいたフロッピーディスク(以下「保存用フロッピー」という。)から、右一四本分の加工用テープ作成のためのプログラム部分を消去した。

(四)(1) NC施盤に使用する加工用テープは、当初、佐渡がオークマを利用して作成した(これを以下「初期テープ」という。)が、その後オークマとNC施盤の操作に習熟してきた各従業員が、加工用プログラムに改良を加えて、同施盤の刃物位置及び作業手順を自分の使いやすいように変更するようになった。

(2) そして、原告が担当していた二号機及び三号機については、原告が、初期テープの加工用プログラムに独自の変更を加えていたため、刃物の取り付けなどを原告の設定のままにしておきながら、初期テープを利用して稼働させると、NC施盤は破損し、もとより部品の製造もできないことになる。また、初期テープにより施盤機を作動させようとすると、施盤内の刃物位置及び作動手順をすべて変更しなければならず(段取り替え)、仮に段取り替えをすると、原告が後に原告作成の加工用テープを持参したとしても、再度右テープにあわせて段取り替えをする必要が生ずる。

(五) 笘本は、平成五年七月二三日午前九時、二号機及び三号機の作業を開始したところ、前記抗弁3(三)(1)ないし(3)記載の各事実を発見した。このため同人は作業に着手することができず、佐渡が加工用テープの作成に取り組み、同日午後四時前にようやく一〇Fロットエンド製造用の加工用テープができたが、当日は、雇用調整金受給中のため、作業は定時に終業せざるを得ず、当日は、一〇Fロットエンドを一〇個程度しか製造できなかった。

(六) 被告会社は、原告の右行為により、次の損害を被り、かつ、納期遅れにより、TCMに非常な迷惑をかけ、被告会社の信用を著しく傷つけた。

(1) 原告担当の二号機及び三号機の休止により、次の部品が製造不可能となったことによる損害

ア 品名 一四Aロットエンド

個数 一二〇個

単価 五五一円

合計金額 六万六一二〇円

イ 品名 二四Tシリンダテイル

個数 七七個

単価 五三六円

合計金額 四万一二七二円

ウ 作業 一〇Fロットエンドテープ作成及び機能チェック

所要時間 三時間

単価 五四〇〇円

合計金額 一万六二〇〇円

エ 以上合計 一二万三五九二円

(2) 平成五年七月二三日から同年八月二一日までの間の、二四Tシリンダテイル外注依頼費用(なお、被告会社の工場内でできなくとも、出社している従業員の給与、NC施盤のリース料の償却費は同一であるから、外注費用金額が被告の損害となる。)

ア 品名 二四T七二シリンダテイル用

個数 一一八個

単価 四五〇円

合計金額 五万三一〇〇円

イ 品名 HF二二五、三一六シリンダテイル用

個数 七二個

単価 四五〇円

合計金額 三万二四〇〇円

ウ 品名 内示確定差

個数 三二個

単価 四五〇円

合計金額 一万四四〇〇円

(3) 平成五年七月二八日一四AシリンダテイルASSY納期遅れにより取付け付加作業に要した費用

所要時間 二・五時間

単価 三八四〇円

合計金額 九六〇〇円

(4) 平成五年七月二八日から同年八月一〇日まで二号機及び三号機の次の部品用のテープを新たに製作した費用

ア 品名 一四A、一〇F、四二三、三六七シリンダテイル

個数 六個

単価 一万一七〇〇円

合計金額 七万〇二〇〇円

イ 品名 四六〇、二四Tシリンダテイル

単価 一万三〇五〇円

合計金額 二万六一〇〇円

ウ 品名 一四A、一〇Fロットエンド

個数 二個

単価 一万四八五〇円

合計金額 二万九七〇〇円

エ 品名 四二三、三六七ロットエンド

個数 四個

単価 一万二六〇〇円

合計金額 五万〇四〇〇円

オ 以上合計 一七万六四〇〇円

(5) 平成五年七月二八日から同年八月一〇日までの間のシリンダテイル外注依頼費用

ア 品名 一四Aシリンダテイル

個数 四一一個

単価 四〇八円

合計金額 一六万七六八八円

イ 品名 一〇Fシリンダテイル

個数 一四二個

単価 四〇八円

合計金額 五万七九三六円

ウ 以上合計 二二万五六二四円

(6) 平成五年八月三日、同月五日納期遅れ調整のため、残業をやむなくされ、このため雇用助成金の受理ができなかったことによる損害(従業員に対する支給額の七五パーセント相当)

菅生東洋男 一万〇五三四円

福田照夫 九四八三円

川畑ムツ子 九五〇二円

林茂雄 八九一三円

山崎浩三 一万〇二二〇円

以上合計 四万八六五二円

(7) 以上総合計 六八万三七六八円

(七) 原告による本件妨害行為により、被告会社においては、TCMに対する部品の納期遅れが発生し、また、被告会社は、抗弁1記載の事情(ヴァンデータ抜き取りの件)をもTCMに説明せざるをえなくなった。その結果、TCMの資材部長は、被告会社に対し、平成五年八月二〇日、警告書を交付し、右警告書に基づいて、被告会社は同社に対して始末書を提出した。

原告の抗弁1及び同2記載の各行為の結果、被告会社のTCMに対する信用は著しく低下し、かつ、折りからの不況もあって、同年八月以降TCMから被告会社に対する発注額は激減し、被告会社の経営の存続自体が危惧される状況に陥っている。

(八) 原告の本件妨害行為は、被告会社就業規則一四条一項三号(就業状況が著しく不良で就業に適しないと認められる場合)、二七条一項三号(退社は工具、書類等を整理、格納した後に行うこと)、三六条(服務の基本原則)、三七条三号(常に品位を保ち会社の名誉を害し、信用を傷つけるようなことをしない)、五号(会社の車両、機械、器具、その他の備品を大切にし原材料、燃料その他の消耗品の節約に努め、製品及び書類は丁寧に取り扱い、その保管を厳密にすること)、八号(作業を妨害し又は職場の風紀秩序を乱さないこと)、四三条四号(故意に業務の能率を阻害し又は業務の遂行を妨げたとき)、七号(許可なく会社の物品を持ち出し又は持ち出そうとしたとき)、八号(会社の名誉、信用を傷つけたとき)に、それぞれ該当する。

3  原告の暴言(解雇事由の3)

(一) 原告は、平成五年七月二七日、本件妨害行為について事情を問いただした笘本に対し、TCMに内容証明を出せば被告会社なんか潰れてしまう、との暴言を吐いた。

(二) 右は、被告会社就業規則第四三条八号(会社の名誉、信用を傷つけたとき)、九号(会社の秘密を洩らそうとしたとき)に該当する。

4  よって、被告会社は、原告に対し、平成五年九月九日、原告を同月一〇日付けで、通常解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

四  抗弁に対する認否

1(一)  同1(一)のうち、被告会社とTCMとの間にTCM資材VAN発注システムの回線が結ばれていること、資材売買取引基本契約が存在することは認めるが、その余は否認する。

被告会社のヴァンデータに対するこれまでの管理態度を見ると、およそ、被告会社が右データを秘密保持の対象と考えていたかどうか疑わしい。

(二)  同1(二)は認める。

(三)  同1(三)は否認する。

原告は、業務用コンピューターへの関与を禁止する旨の指示を受けたことがない。

(四)  同1(四)は否認する。

原告は、これまでも種々の改善提案を行ってきたのであり、ヴァンシステムについても、これが被告会社において有効に活用されていないことから、その有効利用を提言するために、被告会社の業務用コンピューターに内蔵されているヴァンデータを「見た」だけにすぎない。そして、本件フロッピーのデータは、原告が、ヴァンデータを「見て」それをもとに原告が作成したものである。したがって、これにより、原告は、被告会社に対し何らの損害も与えていない。

(五)  同1(五)は争う。

2(一)  同2(一)は認める。

(二)  同2(二)は不知。

笘本は平成五年七月二二日、原告の作業終了間際に原告のところにやってきて、「明日仕事をする。」と伝えたが、原告は、有給休暇を取るに当たり業務に支障をきたさないよう予定の納期はすべて完了しており、材料がなくなっていたので、笘本に対し、「材料がないから仕事はできない。」と伝えた。

なお、被告会社は、原告に対し、正規の作業の引継ぎ指示を行っていないし、笘本は、右の際、原告に対し、原告作成の加工用テープを使用させてほしい旨依頼しなかったので、原告は、右加工用テープを不要になったものとして破棄したものである。

(三)  同2(三)(1)ないし(3)は、すべて認める。しかし、これらは、いずれも被告会社の業務に支障をきたすものではない。

原告は、かねてから、二号機及び三号機の数値制御装置が古いために、全作業が終了すれば、右数値制御装置に読み込まれていた加工用プログラムを消去していたし、加工用テープについても、その作業が不要になれば消却していた。

また、原告は、これまでも部品の工程、手順、納期管理等について被告会社から全面的に任されていたため、材料の在庫状態に合わせて部品を作ってきた。平成五年七月二二日も、原告は、当日製造していた一四A及び一〇Fの各ロットエンドの材料がなくなったため、次の二四Tシリンダテイルを作る段取りをしていたのであって、不要になった一四A及び一〇Fの各ロットエンドの加工用テープを破棄し、二号機及び三号機の数値制御装置に読み込まれていた加工用プログラムを消去するのは、なんら問題とされるべきものではない。

(四)  同2(四)(1)は認め、同2(四)(2)は否認する。

原告が、自らの工夫によって加工用テープを独自に変更したのは、被告会社の生産性を上げるという原告の善意によるものであり、その開発した加工用テープを破棄したとしても、いわば元の状態に戻っただけであるから、これについて原告が責任を問われる理由はない。

なお、加工用テープは、オークマを利用することで、被告会社において簡単に作成できたはずであるし、初期テープの加工用プログラムは被告会社のフロッピーディスクに約五〇〇種類も記憶されている。

また、新しい加工用テープを使用する場合、右テープに合わせて工具等を取り付けなおし、原点をひろって動作確認作業を行うのは当然であるから、破損ということはありえない。

(五)  同2(五)は不知。

(六)  同2(六)は不知ないし否認する。

なお、同2(六)(6)の雇用調整助成金は、景気変動等により、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主の残業手当支払を助成するためのものであって、その制度趣旨は失業防止、雇用安定にある。したがって、欠勤者がでた場合の交代要員的性格の本件においては、本来的意味での余剰人員といえるかどうか疑わしく、助成金を受ける資格があるのかどうかも疑わしい。

(七)  同2(七)は争う。

3  同3は否認ないし争う。

4  同4は認める。

五  再抗弁(不当労働行為及び解雇権濫用)

1  不当労働行為

(一) 被告会社の得田捷利従業員(以下「得田」という。)は、被告会社に対し、平成五年七月七日、労働組合結成を通告し、原告も、東口次長に対し、同月九日、「組織を作る。」と通告した。

原告は、同年八月一一日、正式に北大阪合同労働組合(以下「本件組合」という。)に加入し、同日、右組合東栄精機分会(以下「本件分会」という。)が結成された。

(二) 本件組合及び本件分会は、被告会社に対し、平成五年八月一八日、本件分会結成通知書及び要求書を提出した。そして、右要求書に基づき、同年九月三日には本件組合と被告会社との団体交渉が開催されたが、この席には、原告が組合側の交渉メンバーとして参加した。

(三) 被告会社は、これまでの原告の再三にわたるNC施盤の加工用プログラムの管理、安全面の改良、給与計算の誤り等に関する改善要求を快く思っていなかったところ、今般、原告が中心となって本件組合に加入し、本件分会を結成したことから、原告の右活動を嫌悪して解雇したものである。

よって、本件解雇は、不当労働行為に該当するので、無効である。

2  解雇権濫用

被告会社の主張する解雇事由は、いずれも被告会社に損害を与えるようなものではないばかりでなく、被告会社は、原告に対する解雇通告書には解雇事由として抗弁1及び同2の事実しか挙げず、かつ、原告に弁明の機会も与えていないという手続上の違法がある。

よって、本件解雇は、解雇権濫用に当たるので、無効である。

六  再抗弁に対する認否

1(一)  再抗弁1(一)のうち、被告会社が、原告の平成五年四月分の給与計算を誤ったことは認め、その余は否認する。

(二)  同(二)は不知。

(三)  同(三)のうち、得田が、東口次長に対して組合結成通告をしたことは認め、原告の東口次長に対する通告は否認し、その余は不知。

2  同2は争う。

第三証拠

証拠については、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一請求原因について

請求原因については、請求原因4(二)(原告の賃金額)を除いて、当事者間に争いがない。

第二抗弁及び再抗弁について

一  当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない(証拠・人証略)を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  原告の業務内容、ヴァンシステム及び組合活動について

(一) 原告は、被告会社との間で、昭和四四年四月一日、雇用契約を締結し、被告会社の元で施盤工として業務に従事してきたが、その後、被告会社のNC施盤(コンピュータで作動させて施削する工作機械)の二号機及び三号機の稼働を主に担当するようになった。

右二号機及び三号機を稼働させるには、まず、製造する部品に応じて加工手順書(プロセスシート)を作成し、右加工手順書記載の加工用プログラムを被告会社コンピューター室内に設置されたオークマに打ち込んで、右プログラムに従って穴が開けられた加工用テープ(右加工用テープの所有権は被告会社に帰属する。)を作成したうえで、右テープを各NC施盤の数値制御装置に読み込ませるという手順をとる。こうして、NC施盤は、加工用プログラムに従って、自動的に部品を製造するが、二号機及び三号機については、当初、佐渡が製造する部品のプログラムを作成し、加工用テープも作成していた(初期テープ)。

しかし、被告会社は、現場の各作業員が、NC施盤を稼働させるに当たって、自らの工夫を取り入れて新たな加工用プログラムを作成することを認めていた。そこで、原告は、昭和六〇年ころから、自らの担当する二号機及び三号機で製造する部品について、刃物の取付位置や作業手順を改めた独自の加工用プログラムを考案し、オークマを利用して、右初期テープとは別個の加工用テープを作成して作業を行うようになっていた。

(二) 被告会社は、運搬機、ディーゼルエンジン、工作機械部品の製作、一般機械の修理販売等を業とする会社であり、TCMからの発注が業務の約九五パーセントを占める同社の下請会社である。被告会社は、TCMとの間で、昭和五一年三月一日、TCMが資材を提供し、被告会社がこれを加工し製品化してTCMに売却する旨の資材売買取引基本契約を締結していたが、右基本契約では、TCM及び被告会社は、相互に、相手方の業務上の秘密事項を第三者に漏洩してはならない旨の秘密保持義務が定められていた。

また、TCMは、昭和六三年一月ころ、同社のホストコンピューターから電話回線を利用して、下請会社等に製品の発注、検収、未納品等に関する指示を行うシステム(ヴァンシステム)を導入した。そこで、被告会社も、早期に右発注等の情報を得るために、同年三月ころから右ヴァンシステムの利用を開始し、被告会社のコンピューター室内に三台ある業務用コンピューターのうち一台でヴァンデータを受信し、他の一台で右ヴァンデータを整理して、これに基づいて各作業員に製品の納期などの指示を与えることとしたが、被告会社は、TCMから右ヴァンシステムとは別に、従前どおり注文書を受領していた。そして、ヴァンシステムを通じて送信されたヴァンデータは、おおむね検収が終了する一か月ないし一か月半後には、ヴァンデータを受信する業務用コンピューターから消去されていた。

なお、右業務用コンピューターとオークマは同じ被告会社のコンピューター室内に設置されていたが、被告会社の従業員らは、オークマを利用するために右コンピューター室内に立ち入ることもあり、業務用コンピューターを利用することを明確に禁止する旨の指示を受けていたと認めるに足りる的確な証拠はない。

(三) ところで、原告は、かねてより、被告会社内のQCサークル「さわやか」を通じ、あるいは被告会社代表者宅に内容証明郵便を送り付けるなどして各種の改善提案を行っていたが、これに対する被告会社の対応が充分とは感じられず、また、被告会社の原告に対する給与計算に誤りがあったことなどから、被告会社の自己に対する処遇に不満を持つようになり、平成五年春ころから、同僚の得田とともに、本件組合に相談をするようになった。そして、得田は、被告会社の東口次長に対し、同年七月七日、労働組合を結成する旨口頭で通告したので、被告会社が翌日、得田に対して事情を尋ねると、同人は、同人が本件組合に加盟したこと、本件組合は匿名でも入れる労働組合で、被告会社従業員のうち、得田以外に組合員が誰であるかは言えないと申し述べた。他方、原告も、東口次長に対し、同月九日、なにかあったら組織で動く旨を口頭で伝えた。

2  ヴァンデータの抜取りについて

(一) 原告は、従前からオークマを利用してNC施盤の加工用テープを作成するため、被告会社のコンピューター室に出入りしていた。しかし、原告は、平成四年七月ころから、上司に断ることなく自らヴァンシステムを受信する業務用コンピューターの操作をするようになり、同年一〇月末ころまでの間に、被告会社に無断で、右業務用コンピューターに記憶されていた同年九月一日から同年一〇月二二日までのヴァンデータを自己のフロッピーディスクに複写してこれを自宅に持ち帰り、その後、自己の所有するコンピューターで、「ニンジャ」というデータベースソフトウェアを利用して右期間内のヴァンデータを圧縮のうえデータベース化した。

(二) 原告は、平成六年四月三〇日、被告会社が同月分の原告の賃金について、計算を間違えて給付したこともあり、被告会社代表者の自宅に、被告会社でのコンピューターの活用に不満を述べる書面(以下「本件上申書1」という。)を配達証明郵便で送付し、同年五月六日には、右データベース化したヴァンデータを保存した本件フロッピーを含む二枚のフロッピーディスクを、コンピューターの活用に不満を述べた書面(以下「本件上申書2」という。)と共に、再び被告会社代表者の自宅に配達証明郵便で送付した。

被告会社では、系列会社である東光機械工業株式会社の従業員で、被告会社のコンピューター業務も担当している加嶋利幸(以下「加嶋」という。)に、右二枚のフロッピーディスクの内容を確認させたところ、本件フロッピーに被告会社の業務用コンピューターに保存されているはずの加工高集計表が保存されていることが判明したので、同月一四日、役員会を開催して原告をその場に呼び出し、原告に対し、本件上申書1及び2に対して詳細な回答を記載した書面を交付すると共に、業務用コンピューターを操作したか否かを問いただした。原告は、これに対し、業務用コンピューターを操作したことは認めたが、データを複写したことは否認し、また、被告会社が今後業務用コンピューターの利用を禁じたことについてはこれを了承して退出した。

3  原告の本件妨害行為及び暴言について

(一) 原告は、被告会社に対し、平成五年七月一七日、同月二三日に有給休暇を取得することを申請し、同月二二日には、二号機で一四Aロットエンドを、三号機で二四Tシリンダテイルをそれぞれ製造していたが、同日午後には、右各部品の材料がなくなってしまった。

ところで、被告会社では、同年六月から、雇用調整助成金受理のため、原告が製造する部品は、TCMへの納期の三日前までに仕組品を完成させることが必要とされており、また、従業員の残業や休日出勤もできない状況であった。しかし、原告担当のNC施盤で製造予定であった一四A及び一〇Fの各ロットエンド(なお、一〇Fロットエンドは、一四Aロットエンドとは内径のネジが違う他は大きな相異はない。)の各部品は、同年七月二二日の時点で、同月二四日から同月二六日まで予定されていた夏季休暇後である同月二七日納期分までは完成していたものの、同月二八日納期分については不足が見られたばかりでなく、二四Tシリンダテイルは、同月二三日納期分が完成していなかった。そこで、東口次長は、従前から原告が有給休暇を取得する際に原告の代りを務めていた笘本に対し、同月二二日、翌二三日の二号機及び三号機の作業について原告から引継ぎを受けるように指示を与えた。

(二) 笘本は、右二号機及び三号機の稼働方法については知識がなかったため、原告は、かねてより、被告会社の指示で笘本が原告の作業を代行する際には、同人が起動ボタンを押すだけで当日の作業ができるように、前日中に二号機及び三号機に当日製造予定の部品の加工用プログラムを読み込ませておくなどの準備をしていた。そこで、笘本は平成五年七月二二日午後四時ころ、東口次長の指示に従い、原告に対して翌日の作業の引継ぎを申入れたが、原告は、同人に対し、材料がないから作業はできない旨言って引継ぎをしようとしなかった。そこで、笘本が東口次長に問い合わせたところ、被告会社は、同日既に材料を製造する浪速鍛工に一四Aロットエンド及び二四Tシリンダテイルの材料を発注済であったので、東口次長は、笘本に対し、材料は遅くとも翌日の午前一〇時には入荷する旨を伝え、再度、原告から引継ぎを受けるように指示した。

笘本は、原告に対し、翌日午前一〇時には材料が入るから、翌日笘本が二号機及び三号機で作業をできるようにしておいてほしい旨改めて申入れたが、原告は、仕事はしなくてもよい、仕事をしたければ役員のテープでやればよい、と発言し、同日中に、二号機及び三号機の数値制御装置に読み込まれていた一四Aロットエンド(二号機)及び二四Tシリンダテイル(三号機)加工用プログラムを消去したばかりでなく、そのころ、原告がプログラムに独自の工夫を加えて作成していた加工用テープ一四本を被告会社から持ち出して一四Aロットエンドの加工用テープを除く一三本を破棄し、さらに、かねてより被告会社コンピューター室内の所定の棚に保管されていた保存用フロッピーから、右各加工用テープを作成するために必要な加工用プログラムをすべて消去した(本件妨害行為)。

(三)(1) 前記浪速鍛工は、平成五年七月二三日午前八時三〇分ころ、被告会社に一四Aロットエンド及び二四Tシリンダテイルの材料を納品し、笘本は、同日午前九時ころ、普段原告の作業を代行するときと同様に、三号機の起動ボタンを押したが、三号機は起動せず、二号機も同様であった。そこで、笘本は佐渡にこのことを報告し、佐渡は、東口次長に報告のうえ、二号機及び三号機を調べたところ、これらの数値制御装置に読み込まれているはずの加工用プログラムが消去されていることが判明した。佐渡は、笘本、東口次長らと共に原告作成の加工用テープを探したが、加工用テープを通常保存しておく棚はおろか、二号機及び三号機の近辺からは右加工用テープは見つからず、また、保存用フロッピー内からも、原告が作成した加工用プログラムは消去されていることが判明したため、原告作成の加工用テープを再生することはできないことが明らかになった。

その間、笘本は二回、報告を受けた被告会社の増田幸治部長(以下「増田」という。)は一回、それぞれ原告の自宅に架電したが、いずれも原告と連絡は取れず、また、被告会社では、さらに東口部長、増田、佐々木光雄工場長(以下「佐々木」という。)も加わって工場内を探したが、原告作成の加工用テープは見つからなかった。

そのため、被告会社では、同日午前中に、二号機及び三号機を直ちに稼働させることは困難と判断し、増田は、納品先のTCM滋賀工場と交渉し、佐渡、東口次長とも相談のうえ、一〇Fロットエンドについては被告会社で製造し、他方、急ぎ必要となる二四Tシリンダテイルについては外注に出すことで納期に間に合わせることとした。

(2) ところで、二号機及び三号機については、かつて、佐渡が作成した初期テープが被告会社に各種存在していたが、原告がその後、部品の加工用プログラムに独自の工夫を加えていたため、刃物の取付位置や作業手順に変更があり、当日の二号機及び三号機に初期テープのプログラムを読み込ませて起動させると、刃物や機械、あるいは部品が壊れ、人体に危険が生じるおそれもあった。他方、佐渡は、原告が、休暇後に再び原告作成の加工用テープを持って出勤するものと思っていたので、初期テープを利用するための段取り替えを行わず、むしろ、二号機に原告が装着した刃物類を動かさずに、これに合わせてプログラム作成をやり直して新たな加工用テープを作成することとした。そこで、佐渡は、同日の昼ころから、オークマを利用して二号機で一〇Fロットエンドを製造するための加工用テープ作成を、加工用プログラム作成の段階から開始した。

(3) 佐渡は、午後三時ころ、右加工用テープを完成したので自己の持ち場に帰って作業をしていた笘本を呼び戻して二号機の試運転を開始し、午後四時ころから、一〇Fロットエンドの製造作業を笘本に委ねた。しかし、当日は、雇用調整助成金受理のため、従業員は残業ができず、笘本も、定時の終業時刻である午後四時四五分までの間に、試運転の際に製造したものを含めて、一〇Fロットエンドを合計一〇個程度しか製造することができなかった。

(四) 原告は、平成五年七月二四日から同月二六日までの被告会社の夏季休暇後、同月二七日、自己作成の一四Aロットエンド加工用テープを持参して出社した。そこで、笘本は、原告に対し、同月二三日に加工用プログラムを消去していたことなどについて尋ねると、原告は、笘本に対し、自分が作ったプログラムだからいい、今日から仕事をすればよい、内容証明をTCMに送ればこの会社なんか潰れてしまう、と発言した。また、被告会社の役員らも、同月二三日の件について事情を確認するため、東口次長が原告に役員会に出席するよう求めたところ、原告は、得田と同席でないと出席しないなどと言ったため、役員らが原告の作業現場に出向くと、原告は、右役員らに対し、加工用テープは自分が作ったもので他の人に使われるのがいやだから家に持ち帰ったと言い、事情を尋ねる役員らに対し、給与についての不満を述べるなどして同月二三日の件について明確な説明をしようとしなかった。

4  原告の解雇に至る経緯について

(一) 被告会社は、平成五年七月二七日、原告の対応から、このまま二号機及び三号機を任せることはできないと判断し、原告を製造第二係に配置転換し、右二号機及び三号機については、加工用テープを笘本に渡して同人に作業を引き継ぐように指示した。

しかし、原告は、同月三〇日になっても笘本に加工用テープを引き渡さなかったので、佐々木がこの点を問いただしたところ、原告は、テープは処分してもうない、訴えるのなら訴えてもらって結構だ、と答えた。

佐々木がこのことを増田に報告したところ、増田は、かつて原告が送付してきた本件フロッピーの内容が気に掛かったので、加嶋に対し、本件フロッピーの内容の再調査を指示した。そこで、加嶋が本件フロッピーを改めて調査すると、その内容は、平成四年九月一日から同年一〇月二二日までのヴァンデータを、データベース化したものであることが判明した。

なお、原告が二号機及び三号機の加工用テープを一三本破棄したため、被告会社では、その後、佐渡が、右二号機及び三号機を稼働させるための加工用テープを再生せざるを得なくなった。

(二) そこで、被告会社では、平成五年八月二日、役員会を開催して原告の処遇について検討し、同月一〇日の役員会では、原告を懲戒解雇とする結論を出したが、同月二〇日、再度、役員会を開催して検討した結果、結局、被告会社は、原告の長年の勤続も評価して、平成五年九月一〇日付けで、原告を通常解雇する旨決定した。

他方、被告会社代表者は、原告の同年七月二七日の内容証明に関する発言から、TCMに説明に赴いたところ、右内容証明の内容について尋ねられ、原告のヴァンデータ抜取り等の件も説明せざるを得なくなり、やむなく右説明をした。その結果、TCMは、同年八月二〇日、TCM滋賀工場資材部長名で、被告会社に対し、右データ抜取り等の事態が発生したことを厳重に抗議する旨の警告書を交付した。そのため、被告会社は同月二五日、右事態を招いたことを深く詫び、右資材部長宛に、始末書を提出した。

(三) 原告は、平成五年八月一一日ころ、本件組合に加盟し、本件分会の一員となった。そして、本件分会は、被告会社に対し、同月一八日、本件分会の結成通知及び労働条件に関する要求書を交付したが、その際、原告及び得田は、右通知書等の交付に立ち会い、同年九月三日に豊中市の労働会館で開催された第一回の団体交渉には原告も出席した。

(四) 被告会社は、原告に対し、平成五年九月九日、通告書と題する内容証明郵便により、同月一〇日付けで通常解雇する旨の意思表示をしたが、右通告書には、原告の解雇事由として、平成四年七月ころに無断でコンピューターのデータを抜き取ったこと及び平成五年七月二二日ころ、NC施盤のメモリを全部消し、加工用テープ一三本を提出しないことが記載され、右各行為は、被告会社就業規則三七条五号(会社の車両、機械、器具、その他の備品を大切にし原材料、燃料その他の消耗品の節約に努め、製品及び書類は丁寧に取り扱い、その保管を厳密にすること)、六号(許可なく職務以外の目的で会社の設備、車両、機械、器具その他の物品を使用しないこと)、八号(作業を妨害し又は職場の風紀秩序を乱さないこと)、四三条四号(故意に業務の能率を阻害し又は業務の遂行を妨げたとき)、七号(許可なく会社の物品を持ち出し又は持ち出そうとしたとき)、一一号(業務上の指示命令に違反したとき)に該当するので、同就業規則一四条三号(就業状況が著しく不良で就業に適しないと認められる場合)、五号(その他前号に準ずるやむを得ない事由がある場合)により解雇する旨記載されていた。

以上の事実を認めることができる。

二  ヴァンデータの抜き取りについて

1  前記のとおり、前掲の各証拠から、原告は、平成四年一〇月末ころまでの間に、被告会社コンピューター室内の業務用コンピューターから、ヴァンデータを自己のフロッピーディスクに複写し、これを自宅に持ち帰って「ニンジャ」というデータベースソフトウェアを利用してデータベース化し、本件フロッピーを作成したものと認められる。

2  これに対し、原告は、ヴァンデータを見ただけにすぎず、それをもとに本件フロッピーのデータを作成した旨主張し、(証拠略)にはこれに沿う部分があるばかりでなく(証拠・人証略)中には、原告は、被告会社で廃棄された現品票を見てデータを作成したとする部分がある。

3  しかしながら、原告は、平成四年七月ころから、自己の業務に直接関係のない、被告会社コンピューター室内の業務用コンピューターを被告会社に無断で操作していた旨自認していること、本件フロッピーの内容が同年九月一日から同年一〇月二二日ころまでのヴァンデータと一致すること、原告作成の(証拠略)によると、本件フロッピーに保存されていたデータは、原告のいうAグループからDグループまでのデータだけでも合計九五万〇六三〇文字、これにPOST P.CRDのファイルの一九三万四六六六文字を加えると、これだけでも合計二八八万五二九六文字となり、同号証で原告が述べるとおり、その四〇ないし五〇パーセントを手作業で入力したとしても、文字数は優に一〇〇万文字を超えること、そのような文字数に及ぶ情報を原告の自宅に持ち帰る手段について、原告は何ら説得的な説明をしていないばかりでなく、右データをコンピューターに関する知識を有する原告がすべて手作業で入力することは通常の経験則に著しく反すること、原告は(証拠略)で右データを一年がかりで入力した旨供述しているが、右データは平成四年一〇月二二日のものが最後であり、かつ、本件フロッピーを被告会社に送付したのは平成五年五月であること、(証拠略)の現品票についても、本件訴訟の審理が進んだ第九回口頭弁論期日において初めてその一部が提出されたに過ぎず、かつ、右現品票に関する原告の供述は、原告の、従前のデータを「見た」だけであるとする主張と必ずしも整合しないことに照らすと、右各証拠は、いずれも不自然かつ不合理なものとして到底信用することはできず、したがって、原告の右主張は採用できない。

4  すすんで、原告の右行為に対する被告会社就業規則の適用について検討する。

被告会社は、TCMとの間で、昭和五一年三月一日、資材売買取引基本契約を締結したこと、右契約では、TCM及び被告会社は、相互に、相手方の業務上の秘密事項については第三者に漏洩してはならない旨の秘密保持義務が定められていたこと、TCMは、昭和六三年一月ころ、ヴァンシステムを導入し、被告会社も同年三月ころから右ヴァンシステムの利用を開始したこと、右ヴァンシステムでは、TCMの下請業者に対する発注、検収、未納品等についての指示を行っていたことは、前記認定のとおりであるところ、元請業者の下請業者に対する右発注等の指示は、企業の活動状況を如実に示す資料であり、その内容から当該企業の業績等を推測することが容易に可能なものであるから、右ヴァンデータの内容が、TCM及び被告会社において、資材売買取引基本契約に規定された業務上の秘密事項として扱われることには充分な理由があるというべきであり、それが、検収後一か月ないし一か月半ほどで業務用コンピューターから消去されたり、被告会社従業員が、業務用コンピューターの使用を明示的に禁止されていなかったとしても、そのことからヴァンデータの右性質に消長を来すものではない、しかも、原告は、前記認定のとおり、ヴァンデータの何たるかを充分に知悉しながら、上司に申し出ようとすれば容易にできたにもかかわらす、これをせずに、被告会社に無断で右ヴァンデータを自己のフロッピーディスクに複写したばかりでなく、平成六年七月二七日には内容証明をTCMに出すなどと発言しているのであるから、原告の右行為は、被告会社就業規則三七条二号(自己の職務上の権限を超えて専断的なことを行わない事)、五号(会社の車両、機械、器具、その他の備品を大切にし原材料、燃料その他の消耗品の節約に努め、製品及び書類は丁寧に取り扱い、その保管を厳密にすること)、六号(許可なく職務以外の目的で会社の設備、車両、機械、器具その他の物品を使用しないこと)、四三条九号(会社の秘密を洩らそうとしたとき)に該当するというべきである。

三  本件妨害行為について

1  前記のとおり、前掲各証拠から、原告は、平成五年七月二二日ころ、原告が担当するNC施盤の数値制御装置に読み込まれていた一四Aロットエンド(二号機)及び二四Tシリンダテイル(三号機)の加工用プログラムを消去し、右各NC施盤に加工用プログラムを読み込ませる加工用テープ一四本を被告会社に無断で社外に持ち出してそのうち一三本を破棄し、さらに、保存用フロッピーから、右一四本分の加工用プログラムを消去した(本件妨害行為)結果、被告会社の同月二三日以後の業務に支障を来し、二四Tシリンダテイルについては外注に出さねばならなくなったことが認められる。

2  これに対し、原告は、本件妨害行為の外形的事実は認めながらも、これらはいずれも被告会社の業務に支障を来すものではないこと、平成五年七月二二日当時、原告は予定の納期分の作業はすべて終了していたこと、被告会社からの引継ぎの指示はなかったから本件妨害行為とされるものは問題とされるべきものではないことを各主張し、(証拠・人証略)の結果中にはこれに沿うかの部分がある。

3(一)  そこで、まず平成五年七月二二日当時の原告の作業の進捗状況について検討するに、前記認定のとおり、平成五年七月当時、被告会社では、雇用調整助成金受理のためTCMへの納期の三日前までに仕組品を完成することが必要とされていたこと、同月二二日に原告が製造する部品の材料がなくなった際に、被告会社は、浪速鍛工に翌日の材料の入荷を依頼しており、現に翌二三日午前八時三〇分ころ、材料の納品を受けていること、原告は被告会社の一現場作業員に過ぎず、部品の納期や作業の進行状況を完全に把握する立場にあったとまでは認めがたいことに照らすと、右2掲記の各証拠は信用できず、他に原告の右主張を認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、原告が予定の作業をすべて終了していたことを前提とする原告のその余の主張はいずれも採用できない。

(二)  次に、原告の本件妨害行為によっても被告会社の業務に支障が生じなかったとの原告の主張について検討するに、NC施盤は、オークマで加工手順書記載の加工用プログラムに従った加工用テープを作成し、右加工用テープをNC施盤の数値制御装置に読み込ませて稼働させるものであることは前記認定のとおりであるところ、右数値制御装置内に記憶された加工用プログラムを消去し、加工用テープを破棄のうえ、保存用フロッピーから当該加工用プログラムを消去すれば、NC施盤は稼働できなくなること、二号機及び三号機については、かねてより原告が加工手順に独自の工夫を加えてきた結果、被告会社において初期テープを有していたとしても、それらを右二号機及び三号機に利用すれば、刃物及び機械が損壊し、人体にも損害を与えかねないことは、いずれも原告自身が(証拠・人証略)中で自認しているところであるばかりでなく、原告は、(証拠・人証略)中で初期テープ等によって二号機及び三号機を稼働させるためには、再度刃物の装着や原点の設定をやり直さなければならない(段取り替え)ことを自認し、さらに、(証拠・人証略)中では、右段取り替えに相当の時間を要する旨を自認していることに照らすと、右2掲記の各証拠は到底信用することができず、被告会社の業務に支障は生じなかった旨の原告の主張は採用できない。

(三)  さらにすすんで、笘本は、平成五年七月二三日以前から、原告が休暇を取得する際には原告に代わって二号機及び三号機を稼働させてきたこと、同人は、二号機及び三号機の知識がなく、従前は笘本が起動ボタンを押せば作業ができるように原告が二号機及び三号機をあらかじめ設定しておいていたこと、当時の二号機及び三号機の刃物の装着位置や作業手順は原告自身の工夫によっており、原告が独自に作成した加工用プログラム又は加工用テープがなければ稼働できない状況にあったこと、平成五年七月当時、被告会社においては雇用調整助成金受理のため、原告が製造する部品は、TCMへの納期の三日前までに仕組品を完成させることが必要とされていたこと、同月二二日に製造する部品の材料がなくなったものの、原告は笘本を通じて翌二三日午前中には材料が入荷されることを知らされていたこと、同月二七日以降の原告の被告会社に対する不誠実な対応に鑑みると、たまたま被告会社の上司から直接、原告に対して同月二三日の業務について正規の引継ぎの指示がないからといって、原告の本件妨害行為を正当化することはできないばかりでなく、むしろ、前記認定の事実に鑑みるとき、原告は、会社の業務を妨害する意図をもって、本件妨害行為を敢行したと認めるのが相当である。

4  以上認定の事実によると、原告の本件妨害行為は、被告会社就業規則一四条一項三号(就業状況が著しく不良で就業に適しないと認められる場合)、二七条一項三号(退社は工具、書類等を整理、格納した後に行うこと)、三六条(服務の基本原則)、三七条五号(会社の車両、機械、器具、その他の備品を大切にし原材料、燃料その他の消耗品の節約に努め、製品及び書類は丁寧に取り扱い、その保管を厳密にすること)、八号(作業を妨害し又は職場の風紀秩序を乱さないこと)、四三条四号(故意に業務の能率を阻害し又は業務の遂行を妨げたとき)、七号(許可なく会社の物品を持ち出し又は持ち出そうとしたとき)に、それぞれ該当するものというべきである。

四  原告の暴言について

1  前記のとおり、前掲各証拠から、原告は、笘本に対し、平成五年七月二七日、TCMに内容証明を出せば被告会社なんか潰れてしまう、との暴言を吐いた事実が認められる。

2  これに対し、原告は右事実を否認し、(証拠・人証略)中にはこれに沿うかの部分がある。

しかしながら、前記認定のとおり、原告は右七月二七日に先立つ同月二二日ころ、本件妨害行為を意図的に行っていたこと、同月二七日にも役員会からの呼び出しに応じず、むしろ被告会社役員らが原告の作業現場に足を運んで事情を聴取するなど、原告の被告会社に対する挑戦的態度が濃厚に窺えること、原告が右発言を実行することを危惧した被告代表者は、同月(ママ)八月にはTCM滋賀工場に赴いて事情を説明し、警告書を交付されていることに照らすと、右各証拠はいずれも信用することができない。

3  右認定の事実によると、原告の右暴言は、被告会社就業規則四三条八号(会社の名誉、信用を傷つけたとき)に該当するものというべきである。

五  以上によれば、被告会社は、原告の前記各行為について、懲戒解雇を選択することも決して不可能ではなかったということができるが、これをしないまま、被告会社就業規則一四条一項三号(就業状況が著しく不良で就業に適しないと認められる場合)、五号(その他前号に準ずるやむを得ない事由がある場合)を適用し、原告を通常解雇とした本件解雇には理由があるものというべきである。

六  不当労働行為の主張について

1  原告は、本件解雇は度重なる改善要求を快く思っていなかった被告会社による、原告の組合活動を嫌悪してなされた不当労働行為である旨主張し、(証拠略)にはこれに沿う部分がある。

2  しかしながら、原告の正式な本件組合加盟は本件妨害行為の後である平成五年八月一一日と主張されていること、原告が被告会社に対して本件組合に加盟した旨を通告したのは、同月一八日であったが、そのころには、既に原告の解雇事由とされている前記認定の各行為に基づき、原告の処遇について被告会社の意見が概ねまとまっていたこと、原告が同年七月九日に東口次長に伝えたのは、組織で動くという程度の内容であるから、右時点で被告会社が原告の労働組合への加盟の事実を認識したとは到底認め難いこと、原告の本件組合加盟後の組合活動は、同年九月三日の団体交渉に出席したという程度のものであること、被告会社は、例えば原告が同年五月に、コンピューターの活用に関して不満を述べる本件上申書1及び2を送付した際にも、原告に対して相当詳細な回答をしており、原告の改善提案を快く思っていなかったとする事情は直ちに認め難いことに照らすと、右各証拠はいずれもその根拠を欠き、到底信用することができない。

したがって、原告の、本件解雇が不当労働行為である旨の主張は採用できない。

七  解雇権濫用の主張について

原告は、本件解雇が、解雇権濫用に当たる旨主張するので、判断するに、前記認定のとおり、原告の各所為は、いずれも故意になされたものであって、殊に本件妨害行為に至っては、意図的に被告会社の業務を妨害するためにしたものであって、悪質であるから、被告会社においては原告を懲戒解雇とする余地も十分にあったと考えられるところである。しかしながら、被告会社は、原告の長年の勤続の事実に鑑み、特に原告が退職金を受給できる通常解雇としたものであって、その措置は、至って温情のあるものというべきであるので、本件解雇をもって解雇権の濫用とすべき事情は認めることができない。

なお、被告会社は、原告を解雇するに当たって右暴言の事実を解雇の通告書に記載していないが、従業員を通常解雇するに際して、その解雇事由をすべて告知し、従業員に弁明の機会を与えなければならない法律上の根拠はないばかりでなく、右暴言は、原告によるヴァンデータの抜き取りや本件妨害行為とも密接に関連する文脈でなされたことは前記認定のとおりであるから、たまたま右暴言について解雇通告書で挙示されていなかったとしても、そのことの故に本件解雇が解雇権濫用として無効になるものではない。

したがって、原告の、本件解雇が解雇権濫用であるとする主張は採用できない。

第三結論

以上から、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 末吉幹和 裁判官 井上泰人)

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